玄関番の小舎

 玄関番の小舎は、内部も外部も白塗りの、異国風な建物で、床が磨き込まれて鏡のように光っていた。部屋の央ほどのところに小さな丸い卓があって、その上に、世界中のあらゆる新聞、……ベルグラードやサラエボの夕刊新聞までが帯封をしたまま、堆高く積まれてあった。 どうしたのか、子供はなかなか帰って来ない。竜太郎は、窓のほうへ行って庭を眺めて見たが、人の影さえなかった。 さっきの椅子に帰ろうとしながら煖炉のそばを通るとき、ふと、その上の、銀の額縁にした写真に注意をひかれた。 近づいて、ひと眼見るなり、竜太郎は真青になってしまった。狂人のような眼つきでいつまでもその写真を眺めている。 そのうちに、急に手を伸してそれを取りおろし、素早く裏板をあけて写真を外し、それを衣嚢に押し込むと、その代りに千|法《フラン》の紙幣を一枚そこへ挾み込んだ。 まるで、空巣|覘《ねら》いのようにあたりをうかがいながら、ソロソロと小舎をぬけ出すと、一散に庭を駆け抜け、待たしてあったタクシイに飛び乗って、「|学生街へ《リュウ・デ・ゼチュジアン》」 と、命じた。 自動車が走り出すと、竜太郎は、むしろ、恭々《うやうや》しくというほどの手つきで、先刻の写真を取り出した。 それは、「あの夜の少女」の写真だった。 どうして竜太郎が、それを見誤るはずがあろう! この、あえかにも美しい面ざし。すこし悲しげな黒い大きな眼。また、均勢のとれたすんなりとした身体つきにしてからが、まぎれもない、あの夜の娘だった。 たとえようのない深い喜悦の情で顔を輝かせながら、竜太郎は飽かず写真を眺める。これが、現実のこととはどうも思われない。何か夢の中のあわただしい出来事に似ていた。 竜太郎は、そのひとにいうように写真に話しかける。

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