竜太郎は、胸の中で、苦々しく、呟く

 あの愛らしい唇から、あんなにも優しく呼びかけあんなにもいくども誓った、あのかずかずの言葉は、みな、その場かぎりのざれごと[#「ざれごと」に傍点]だったのだ。 竜太郎は、胸の中で、苦々しく、呟く。(なにしろ、うまく遊ばれたもんだ) それはいいが、……それはいいが、これほどの自分のひたむきな熱情や真実が、こんな無残な方法で虐殺されたと思うと、つらかった。 たぶん、魂が痛むというのは、こんな感じをいうのであろう。胸のどこかに孔があき、その創口から、すこしずつ血が流れ出しているような、そんな辛さだった。 ふと、気がついて顔をあげると、ダンピエール先生が、半身をこちらへ捻じ向け、ペンを持ったままで、気遣わしそうな面持でこちらを眺めていた。ヤロスラフ少年は先生のそばで、何かせっせと紙に書きつけていた。 竜太郎が顔をあげたのを見ると、先生は、いつものように屈托のない調子で、「……すこし、顔色が悪い。気分でも悪いのではないかね。……それとも」 チラと皮肉な微笑をうかべ、「バルカン半島のような政事的擾乱《フウルウィルスマン・ポリティック》が君にも起こっているのか」 と、いって、大声で笑い出した。 竜太郎はハンカチで額を拭う。ひどい冷汗だった。出来るだけ快活なようすをつくりながら、「いや、そういうわけではありません。ええと、……大急ぎで、リストリア語とルウマニア語の比較論《コンパレ》を書き上げなくてはならないことになって、……この頃、ずっと寝不足をしているものですから、それで……」 何を言うのか、しどろもどろのていだった。 先生は、すぐ真にうけて、

— posted by id at 08:11 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.0611 sec.

http://baqoo.cc/