スタンコイッチ一世が登位して以来

[#ここから3字下げ]……一四一二年、スタンコイッチ一世が登位して以来、この王系は、一九一四―一八の世界大戦によって惹き起されたバルカン半島における政治的乃至領土的紛擾の際にも、王位の干犯を受けることなく、連綿、五世紀に亙ってこの国を統治している。……一八八九年、アレクサンドル・オベノイッチ五世は露国皇后の女官ナジーヤ・スコロフを妃として、二女を挙げた。一九〇九年、エレアーナ女王殿下。ナターシャ女王殿下は三年後に生誕した。その年、九月一七日、アンナ女王が狩猟中落馬をして葩去されたが、エレアーナ女王殿下がまだ幼少だったのでステファン家のウラジミール・ポポノフが登位してステファン五世となり現在に及んでいる。エレアーナ女王殿下は……[#ここで字下げ終わり]

「エレアーナ女王殿下……」 竜太郎は、手荒く本を閉じる。 あの小さな娘と、いまリストリア王国の女王の位にのぼろうとしている王女《プランセス》とが同じ女性だと信じまいとする。あの夜の娘は、王女などではなくて、南仏のどこかのホテルの土壇でいつかのように海を眺めているのにちがいない。もし、そうだったら、どんなに有難いか、などとかんがえる。 しかし、ちょっと例のないような美しさも気品も、あの寛濶さも、今にして思いかえすと、たしかに卑俗の所産ではなかった。 竜太郎は、椅子の背に頭を凭らせて、軽く眼を閉じる。……あの夜の記憶が、忘れていたような細かいところまで、おどろくほどはっきりと心に甦ってくる。 なんとも言えぬ厚味のある鷹揚な態度。どんな時でも悪びれないあの落着きかた。……ちょっとした眼づかいの端々にも、高貴《ノーブルテ》の血型が明らかにうかがわれた。

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