恍惚のときの狂熱の叫び

 たとえ、それが恍惚のときの狂熱の叫びであろうと有頂天の間の囈言《うわごと》であろうと、かりにも、じぶんの耳が聞いたその言葉を、なぜ、そのままに信じられないのか。そればかりか、相手が王女だと聞くと、これはいけないと、尻込みしてしまった不甲斐なさはなんという確信のなさ。なんという熱情の乏しさ。 日本にいた頃の竜太郎は、蕩児は蕩児なりに、多少ずばぬけたところを持っていた。気概も気魄もある男だった。 欧羅巴を放浪し始めてから十五年、軽佻浅膚な社交界を泳ぎまわっているうちに、いつのまにかその習俗に茶毒《とどく》され、日本から受け継いだ、男としての気概などは跡かたもなくなって、風船玉のような尻腰のない、へなちょこな魂ができあがった。いっぽう、そういう生活に対する鋭い懐疑と、絶えまない反省がある。放蕩と反省と懐疑の、役にも立たぬこの三つの相剋のなかで、竜太郎それ自身まですっかり見失ってしまった。気概どころか、意志もなければ信念もない。……人間のぬけがら。そういう、へなへなな魂が、じぶんの女を、せめて、街路樹の蔭からでもひと目見てこようなどという、しみったれたことを思いつかせるのである。 ちょうど、天の啓示でも受けたように、薄目をあけていた昔の心が、いっぺんに覚醒する。 竜太郎は、うめくように、呟いた。「しみったれた真似はよせ! なによりも、じぶんらしく、日本人らしく、多少、気概のある行動をして見せろ。ひと目見たら死ぬにしても、そうでなくては、浮ばれないぞ」 じぶんにとっては、あの少女は、ひと夜さ同じ夢をみたひとりの女にすぎない。むこうが王女なら、こちらも、日本の男いっぴき、なにもコソコソするにはあたらない。正面きって、大威張りで会いに行こうじゃないか。(どうぞ、いつまでも、変らないで、ちょうだい)

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