有頂天な囈言だなどとは思うまい

 有頂天な囈言だなどとは思うまい。心情の美しく高い飛躍にとって、こういうケチな反省ぐらい邪魔なものはない。そのままに信じて、会いに行こう。 気概はどうあろうと、こちらは一介の国際的ルンペン。一国の王女と結婚しようなどという無邪気なことは考えまい。もっと高く、もっと美しく、断末魔の間一髪に、この恋愛を完成させよう。 澎湃《ほうはい》たる熱情の波にゆられながら、竜太郎は叫ぶように、いった。「よし、戴冠式の行列を擁してやろう!」 舗石をおれの胸の血で染めて、日本人はどんな恋愛の仕方をするものか見物させてやろう。少女の足下で胸を射貫かれて死んだら、明日死ぬと誓ったこともはたされるわけだし、虚偽だらけなじぶんの半生の最後に、ただ一度、真実の朱点を打って死にたいという望みもかなうわけである。そして、そこに高く美しい心情の完成がある。じぶんの人生に於ける最後の大祝宴。心の戴冠式だ。「戴冠式の馬車に向って、まっ直ぐに歩いて行こう。二つの戴冠式の合歓。……習俗の弾丸がおれの胸を射貫き、おそらく、五歩とは進ませまいが、しかし、おれの精神の飛躍は阻むことは出来ない。おれの肉体はぬかるみの舗石の上へ叩きつけられても、おれの精神は、一挙に無辺際の光明世界へ飛翔する。おれは、完成されて、死ぬ」

    八

 汽車が停って、僅かばかりの人が降りて行った。 窓をおし開けて見ると、昇降場の磨硝子の円蓋《ドーム》には水蒸気が白くたち罩め、その天井の高いところから、絶えず滴がたれ落ちていた。大気は湿って、寒かった。竜太郎は、思わず、身慄いした。 昇降場の電灯は、なぜか、ほとんど全部消灯され、ところどころに、一つ二つ点っているのが、霧の中でぼんやりした光暈《ハロオ》をかいていた。線路も、跨橋も、指示標《シグナル》も、給水槽《タンク》も朦朧たる霧の面※[#「巾+白」、第4水準2-8-83]《ヤシマク》をつけ、一種、陰険なようすで、佇んでいた。

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