停車場の前の広場

 ※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26]たけたエレアーナ王女が、チラと瞼の裏をよぎった。 列車は、短い隧道をいくつもくぐりぬけ、大きな停車場に走り込んだ。 マナイール! 立ち上りかけて、竜太郎は、よろめいた。気の遠くなるような一瞬だった。 停車場の前の広場は、雨気をおびた雲の下で、黒々としずまりかえっていた。一人の人影もなかった。 ぼんやりとした遠近図《ペリスペクチフ》をかく家並の線。どの窓も、みな閉され、ちらとも灯火が洩れなかった。この首府は、喪に服しているような、深い沈黙のなかに沈み込んでいた。 運河をへだてた、やや近い森のうしろから、サーチライトの蒼白い光芒が、三条ばかり横ざまに走り出し、雨雲の腹を撫でながら、中空で交叉したり、離れたりしている。 フォードの古いタキシーが横づけになった。荷担夫《ポルトゥール》は、鞄をタキシーの中へ投げ入れて、手荒に扉をしめると、「ホテル・ガリッツィヤ」 と、叫んだ。運転手の隣りに鉄兜をかぶった兵士が一人、銃剣のついた銃を股の間にはさんで、石像のように坐っていた。自動車は、停車場の前のひろい通りをのろのろと走り出した。道路の向うから、遠雷の轟くような音が近づいてくる。自動車は急停車すると、あわてふためいたように前灯《ファール》を消した。 竜太郎の自動車のそばを、小山のようなタンクが、耳も痴いるような地響きをたてながら、まるで、天からでも繰り出してくるように、いくつも、いくつも、通りすぎて行った。――タンクと装甲自動車の長い列。それを、騎兵の一隊が追い抜いて行った。ホテル・ガリッツィヤは、維納《ウインナ》風の安手な金箔をいたるところにくっつけた古い建物だった。 廿日鼠のような顔をした支配人らしいのへ、竜太郎は、低い声で、たずねた。「この国で、いったい、何が始まってるんです」

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