一人の人影もなかった

 一人の人影もなかった。長い廊下の端で、窓掛が風にゆれているだけだった。息苦しいほどの緊張が全身をひきしめる。遠い昔に忘れていた、一種決然たる闘志が発刺と胸に甦ってきた。われともなく、拳を握った。「そういうわけなら、こちらにも覚悟があるぞ!」 それにしても、この長い間、じぶんの懐で温めていた、あ...

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寝台の側までもどって来た

「廻りっくどいことはいらない。査証を受けに行ったついでに、軍司令部へじかにぶつかってみてやれ。それでいけなければ、文部次官のところで……」 部屋を出ようとして、習慣的に、左の手が胸の衣嚢のところへいった。(そうそう、昨夜枕もとの夜卓《ターブル・ド・ニュイ》の上へ立てかけておいたんだっけ) また...

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南無観世音

 どんなふうに祈るのか、その術を知らないのが情けなかった。そのくせ、いつの間にか、絨氈の上に膝をついて、「南無観世音、南無観世音……」 と、ただそれだけのことを、いつまでも繰り返していた。

    九

 夜明けに近いころ、遠くで、さかんな機関銃の音がしていた。単音符を打つような、鋭い、そのく...

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